「自走型」のRPA開発体制を全社展開し、現場の業務のRPA化を実現
3年半の自動化推進の成果として、約7万時間の創出を実現
RPA通常研修は385人、高度研修は144人が受講し110名が合格
概要
田辺三菱製薬株式会社
所在地:〒541-8505 大阪市中央区道修町3-2-10
三菱ケミカルグループのファーマ部門である田辺三菱製薬は1678年に創業、医療用医薬品事業を中心とする製薬企業として、最も歴史ある老舗企業の一つ。「病と向き合うすべての人に、希望ある選択肢を。」がミッション。中枢神経・免疫炎症領域を中心に、有用性の高い患者層へ最適な薬剤を届けるプレシジョンメディシンと、予防・未病、重症化予防、予後にも目を向け、治療薬を起点に患者さんの困りごとに応えるアラウンドピルソリューショ ンを展開。
海外にも展開する国内屈指の新薬メーカーである田辺三菱製薬。病と向き合う1人ひとりに、希望ある選択肢を届けることを目指す一方で、新薬開発の難易度は年々高まり、「価値ある医薬品」の継続的創出が業界でも課題となっている。こうしたなか、同社はデジタル技術の活用により新薬開発と業務生産性の両面で改革を推進。田辺三菱製薬プロビジョン株式会社が中心となってUiPathを全社に展開し、業務生産性の改革をリードする。UiPathを活用した3年半の自動化推進の成果として、約7万時間を創出しただけでなく、価値ある業務の創出で生産性を向上させ、またデジタル人材の育成にもつなげている
デジタル技術の活用で幅広い業務改革を進める田辺三菱製薬。改革の柱であるホワイトカラーの業務効率化に向けて、グループ会社全体の医薬品情報、経理・総務・人事などの管理業務を一点に集約させる田辺三菱製薬プロビジョン株式会社を2019年1月に発足させた。
田辺三菱製薬プロビジョン 代表取締役社長の後藤啓氏は、「製薬業界は他の製造業に比べ、工場より本社・研究所などの人材比率が高く、企画・管理を含めたオフィスワークの合理化、すなわちホワイトカラーの業務効率化が実現できないと、グループ全体としての業務改革が進まないのです」と語る。
この課題に取り組むため、田辺三菱製薬では2016年からRPA導入の検討を始め、2017年にはPoC(概念実証)を実施した。PoCでは10のワークフローを2カ月で開発し、1,000時間の創出効果を実現。業務負荷軽減の成果を実感し、RPAの本格導入を決めた。田辺三菱製薬が選択したのはUiPathである。ユーザーの使い勝手が良いこと、ワークフローを拡張した際の統制(ガバナンス)が取りやすいことが決め手だった。
RPAの推進事務局(CoE)としては、田辺三菱製薬プロビジョンのデジタル推進グループが中核を担う。今でこそグループ内の開発体制が確立されているが、「当初は予算の限られるなかでITの専門家や外部ベンダーへの委託も難しく、いわば素人集団が苦労しながら、自らRPAの導入を進めるしか選択肢がなかった」(後藤 氏)のが現実だった。
ITの専門家が不在で、予算の制約があるなかでのRPA導入について、田辺三菱製薬プロビジョン ワークイノベーション部 デジタル推進グループ グループ長の佐々木孝之氏はこう振り返る。
「現場の人間が対象業務を発掘し、自分たちの手で自動化する『自走型』体制を選択しました。また、プログラム言語を使わないノーコード・ローコード開発の時代を見据え、RPA導入は自らデジタルを活用して業務改革を進められる社員の育成につながるという仮説も立てました」。
組織の役割も定義した。「推進事務局をサービス業と定義し、RPAを活用する現場の開発者を“顧客”と位置づけ、顧客の成功を最重要視しています」(佐々木氏)。
一方、現場としても急にRPAの活用を任されても戸惑ってしまう。そこで推進事務局ではオリジナルの研修メニューを作成した。UiPathの開発ツールであるUiPath Studioを社員が広く利用して働き方改革や働き甲斐の創出につなげることを目指し、「すべての人にStudioを」を謳った "市民開発"がテーマの研修である。
佐々木氏は、「4時間を2回の計8時間のオリジナル研修に参加すれば、RPAの役割や適用可能な業務の見極めができるようになります。全社員が必ずしもワークフロー開発をする必要はありませんが、RPA対象業務の目利き力は必要との考えからです。RPAの起点は現場での発見です。目利き力を持った人材を『Discoverer』と呼んで育成に努めました」と語る。このオリジナル研修はすでに400人近くが受講し、同社の自走型のRPA開発の土台になっている。
取り組みを進めるうちに、課題も見えてきた。よりUiPathの力を引き出して活用するために、高度な開発者の育成が求められるようになってきたのだ。
「発見役のDiscovererや推進事務局のサポートが必要な開発者だけでなく、現場ニーズをどんどん刈り取っていく高い開発力を持った人材が必要になりました。二刀流の開発体制です。現場の高度開発者が短時間で自動化を進めるかたちで市民開発が根付けば、劇的な生産性向上を実現できます」(佐々木氏)。
2021年4月から、開発力強化に向けてUiPathの協力の下、高度開発者育成に向けた新しい学習カリキュラムを開発した。1年間にわたる独自の研修プログラムと社内認定資格をセットにしたものだ。新しい研修カリキュラムに対する社員の意欲も高い。「最初の1年間で104人が受講しました。Excel業務なら自力でUiPathのワークフローを開発できる2級の合格者がすでに47人、サポートがあれば開発できる3級は110人が合格しています。今後は全社員のうち100人規模を2級以上の高度開発者に育て、現場のDiscovererが発見した業務を現場の高度開発者が即座に刈り取る⸺というワンランク上の自走型を目指しています」(佐々木氏)。
推進事務局を増強する中でメンバーに加わったデジタル推進グループの中條雅弘氏は、「私自身はもともと創薬部門の出身で、完全な素人からRPAを始めました。自分ができたのだから、他の社員もできるはず。その意識で研修などを行っています。実際に、教え方を工夫すれば、UiPathの開発に特別な知識は不要だと思います」と語る。
2019年にUiPathを導入して、3年経った2022年11月時点で、ワークフロー数は502。3年半の自動化推進の成果として、約7万時間を創出した。2019年の計画時点で、2年の活動で4万時間の創出を目指していた当初の目標を上回る成果である。
人間にはとてもできない、天文学的に時間のかかる作業をロボットに任せて新しい付加価値を生み出す。それがRPA活用の真価です
代表取締役社長 後藤 啓氏
それでは、500超のロボットはどのような業務をこなしているのだろうか。1つの例が伝票入力業務のワークフローである。人手の作業ではとても間に合わないと現場から推進事務局に相談があった。「一時的な業務で作業の手順が確立されておらず、会議の度に仕様がどんどん変わっていくような性質の業務でした。対処方法として、アジャイル方式でRPA開発に取り組んだのです」(佐々木氏)。工程を分割し、会議で仕様が決まった順番に開発を行い、最後の会議で最終仕様が決まったときに最後の工程を開発することで、壮大なワークフローながら納期に間に合わせた。こうした柔軟な開発が可能なこともUiPathの魅力だという。
研究開発の分野でもロボットは活躍している。学会のWebサイトをクロールして更新情報があったら担当者にメールを配信するワークフローがある。また、研究員が作成した多くの報告書をまとめて当局への申請書を作成する業務では、報告書から必要な情報を抽出し、申請資料の作成を補助するワークフローを作成した。「人手では手間が負担になる作業も、ロボットなら何千回でもこなしてくれます。業務の一部分であっても、現場の担当者が課題と捉えRPA化で解決しようとすることこそが、自走型の狙いです。このような事例はまだたくさん眠っているはず」(中條氏)。
現場では、業務品質を高めるための創意工夫が日々行われているが、その作業を行う少量多品種型のワークフローも多数作成されている。自動化は業務品質の向上にも極めて効果的である。
こうした実績の積み重ねを通じて、見えてきたことがあると後藤氏は語る。「RPAで業務効率化を進めていると、実は業務に革命的なことが起こっていると気づきました。人手がかかるからと諦めていた業務も、ロボットという優秀なアシスタントがいれば実現が可能になるのです。業務改革は引き算、すなわち削減が基本だと言われます。ところが、RPAを使えば業務プロセスの中に本来必要な要素を足し算し、その上で複雑化されたプロセス全体を一気に自動化することもできる。いわば、RPA活用を織り込むことで、単純な業務簡素化を目指したプロセス構築から、付加価値を生み出すためのプロセス構築へと発想を転換できるのです」(後藤氏)。
その例として、人事部門が管轄する定年退職予定者の手続き業務があった。退職者は毎月発生するが、実際の手続きは業務負荷の観点から半期ごととしていたことから問い合わせが頻発し、かえって人事部門の負荷が高まるというジレンマを抱えていた。「そこで、退職者への連絡と確認作業をRPA化し、月次で実施する方式に変更しました。これにより問い合わせ件数が減って業務負荷が下がっただけでなく、退職者の満足度も向上しました」(後藤氏)。
このスタイルはいわば「オフィス版のジャスト・イン・タイム」(佐々木氏)である。半期にわたる業務の在庫を持たず、月次で処理することによって通期のプロセス全体を効率化させることが可能になる。人手では不可能だった業務平準化をRPAの活用によって可能にしつつ、業務の価値を高めることができたのだ。
後藤氏は田辺三菱製薬プロビジョンの社長の立場として、この3年半を振り返ってこう心境を語る。「実は本当にここまでできるとは思っていませんでした。『徹底した自走型』のコンセプトの下で、いわば『素人』による『素人の目線』でのRPA開発者育成施策が花開きました」。
現場に「発見力と開発力」の双方を定着させる田辺三菱製薬プロビジョンの試みは着実に成果を生み出し、まさに的を射た取り組みだったことが証明された。加えて、「RPA活用はデジタル人材の育成につながるという仮説も正しいとわかりました。RPA開発を含めて、従業員がデジタルツールに慣れ親しむことができたことが、今後のデジタル変革(DX)の下支えになります。これが数字に現れない最大の成果です」(佐々木氏)。
デジタル人材の育成に関しては、後藤氏はもう1つの見解を述べる。それはRPAをきっかけにベテラン人材のリスキリング(学び直し)の気運が高まっていることだ。実際、シニア層のRPAの学習カリキュラムへの関心には一段高いものが見えるという。「ベテランの皆さんがデジタル変革力を新たなスキルに加えようという学習意欲の表れと言えます。豊富な業務経験にデジタルスキルが加わることは、業務改革を行う上でまさに『鬼に金棒』と言えます」(後藤氏)。
豊富な学習体制の整備をはじめとした、自走型のRPA開発の実現に向けた取り組みが様々なかたちで実を結び、田辺三菱製薬グループの業務改革は新たなステージを迎えようとしている。