概要
東京エレクトロン株式会社
半導体製造装置やフラットパネルディスプレイ製造装置などを開発・製造・販売する東京エレクトロン株式会社では、全社を挙げて生産性向上に取り組んでいる。ホワイトカラーも当然対象となる中で、同社の人事部門が事務処理の生産性向上の決め手として注目したのがRPAだった。人事という業務の中でどこまで効果があるのかという観点から、「ゲリラ的に始まった」(人事部長 土井信人氏)RPAへの取り組みが今、全社からも注目されるようになっている。
同社の人事部がRPAに注目したのは、あるコンサルティングファームのセミナーがきっかけだった。参加した土井氏は「生産性向上のためにEXCELをはじめとして、様々なシステム化を進めてきましたが、システム間のつなぎは依然として手作業で行われています。この処理の中で定型化できるものは、ロボットが代行できるのではないかと直感しました」と最初の印象を語る。
人事部長 土井 信人氏
人事部では、昨年、業務の効率化を図り、付加価値を増大させ、サービスレベルを向上させることを目的に、ルーティンワークの標準化エリア、個別の要求に対応するバラエティ処理エリア、専門的な知見を活用する体系化知識エリア、付加価値を向上させる非標準化エリアの4象限で業務分析を行っていた。
給与・福利厚生の領域では、業務を37に分類し、頻度や工数を洗い出した結果、効率化のポイントは明らかだった。「工数、プロセス数ともに標準化エリアが突出していました。業務別に見ると標準化エリアのみで構成される業務が9%あり、業務全体の86%が標準化エリアの50%以上を占めている業務であることがわかったのです」と給与・福利厚生業務を担当する窪田珠氏は話す。
標準化エリアはルーティンワークであり、効率化が徹底できる領域で、ロボット化しやすい。RPAを導入することで、大きな効果が期待できる。そう考えた土井氏は早速RPA製品のデモを見ることにした。デモの対象製品としてはUiPathともう1製品が選ばれた。いずれも業務システムを操作して、データを別の伝票画面に転記するといった作業だ。人間と同じように動くかどうかを確認するテストだった。
その結果、選ばれたのがUiPathだった。主な理由は一元管理のしやすさだ。「別の製品はユーザ寄りでした。エンドユーザコンピューティングは管理が難しく、属人的になってしまいます。作成した人が異動したり退職したりしてしまうと、使えなくなるケースも少なくありません。そこでコントロールを効かせられるUiPathが良いと判断しました。導入が予定されている基幹系システムとの相性が良いという点も優位に働きました」と人事部部長代理の内藤学氏は選定の経緯を語る。
実際の導入は、人事部全体でいきなり導入することは避けてスモールスタートの形をとった。電子化が可能で、定常的に発生し、ルールが定義でき、判断がロジックで設計できるという特性を持つ、RPAと適合性の高い業務は、人事部の全業務である244業務のうち41業務に止まったからだ。
「素直にRPA化できないものについては、電子化やマニュアル化や業務フローの整備が必要です。それをクリアすればより多くの業務プロセスに適用できますが、第一段階として適合性の高い業務プロセスからロボット化を図ることにしました」と窪田氏。そこでとったアプローチがスモールスタートだった。
2018年2月にUiPathの導入を決定し、UiPathのパートナーであるパーソル プロセス & テクノロジー株式会社の協力のもと、クライアントベースでロボット化をスタートした。「まず2ヶ月間でできる範囲までやろうと決めて、半年で対象業務を選定して、ヒアリングしてロボット開発をスタートさせました。パーソル プロセス & テクノロジーのバックアップがあったからこそできたことです」と内藤氏は話す。
人事部給与・福利厚生業務 窪田 珠氏
ロボット化の第一弾として、給与・福利厚生の業務の中から、法人異動情報、モニタ票(会計伝票)、海外勤怠管理の3業務を選定した。法人異動情報は、人事管理システムから組織データをバッチで抽出して、アウトソーシング先に提出するデータとして加工する作業であり、データをスタッフが目視でチェックをした上で、アウトソーシング先に渡される。
モニタ票(会計伝票)は、アウトソーシング先から納品された統括表などのデータから、ルールに則ってデータを抽出し、摘要に合わせて仕分けして、計上する伝票につなぐものだ。「伝票計上をロボット化できるかどうか、試すのが狙いです」と窪田氏は語る。
そして海外勤怠管理は、エクセルなどで送られてくる残業データをエクセルに転記して集計し、給与計算の担当部署と勤怠管理の担当部署、それぞれに伝えていくという業務プロセスだ。これまで人手でシステムに入力していた作業をロボットに代行させるものだ。
同社では、これらの3つの業務をトライアルとしてロボット化し、5月から業務に活用し、改善を加えながら効果を確認している最中である。
同社のUiPath導入の特徴は、業務部門の一つである人事部が自ら取り組んでいる点だ。人事部の中にはHRテクノロジーのグループもあって、ITリテラシも高い。頼れるパートナーもいます。そこで「ゲリラ的」に進めることにしたのです」と内藤氏は語る。
人事部部長代理 内藤 学氏
実際に3つの業務のトライアルをしたことで、数人の社員がノウハウを蓄積しつつある。そのうちの一人であり、メインフレームの経験もあるHRテクノロジーグループの千野政博氏は「UiPathであればドキュメントが充実しているので、わからないことはネットで調べれば良いし、使い勝手も悪くありません。エミュレータの読み取りができないことがありましたが、改善しながら使っています」と話す。
現在は、昼間だけ稼働させて、エラーが出た場合には、その経緯を保存し、あとで確認して、修正を加えながら精度を上げて使っている。その意味では現在は依然としてテスト段階だと言える。内藤氏は「完成すればミスのない高品質な処理ができますし、24時間稼働させることもできて、処理量も増やすことができます」と期待を寄せる。
実際にロボットを使ってテストしている窪田氏は「業務を処理しながら動いているのを画面上で見ていると、不思議さも感じます。私は処理に慣れていますから、ロボットより早く処理できるかも知れませんし、慣れるまでは心配が先に立つ人もいるでしょう。それだけに給与の業務で実績を上げて、もっと周囲を巻き込んでいきたい」と話す。
ただ、現時点でも人事部がRPAをトライアルしていることを聞きつけ、他部門から見学に来る人も出てきた。口伝えでRPAの話が広がっているのである。「現場が自主的にトライアルをして、成功すれば横展開していくことは、わりとこれまでも自然に広がっていくパターンとしてあります」と土井氏は話す。同じ悩みを持つという共通点があれば、成功パターンは勝手に広がっていくものだ。
「例えば、トライアルでやっている伝票の計上は、どの業務にもつきものです。他のグループからも試したいという要望を受けています」と話す。現在窪田氏のトライアルは本番に移行しつつあり、他にも24の対象業務が残っている。今後は横展開しながら、残っている24の業務のロボット化を進めていくことになる。
人事部 HRテクノロジーグループ 千野 政博氏
同社の人事部は2つの拠点に分かれて業務を進めている。府中には、給与・福利厚生、HR テクノロジーを含む人材開発のグループがあり、赤坂には企画系のグループがある。第一段階として定型業務が多い府中でRPAをトライアルし、その後赤坂の業務にも適用範囲を広げ、経理や財務などの管理部門全体に展開していきたい。
内藤氏は「9月まではPDCAを小さく回して、その結果を踏まえて人事の他の業務にも広げるなど他部門との共同展開も考えたい。思ったより使えるという感触は得ていますが、じわじわ進めて、ある時一気に拡大していく、燎原の火のような広がり方が理想です。一年以内にはそうなっているのではないでしょうか」と今後について予測する。そうなればもはや「ゲリラ的」な活動ではなくなり、全社での本格展開も視野に入る。
「当社には古いシステムも多数存在していて、個人のスキルに依存している部分が多いのが現状です。平準化するという意味でのポテンシャルは山ほどあります。人材が採用できない中でRPAの活用は働き方改革につながっていくものです」と土井氏は語る。
RPAによってこれまでシステム化できなかった業務がシステム化され、高品質なレベルで処理されることで、社員は定型的な業務処理から解放され、より創造性の高い業務にシフトできる。時間が余ればプライベートに使う時間を増やすことも可能だ。時短勤務や在宅勤務といった新たな働き方へのシフトも容易になる。実際に窪田氏も子育てのために時短勤務をしている一人だ。RPAが定着すれば、これまで以上に時間的な制約から自由になれる。
「時短で働いている社員は、限られた時間の中で一所懸命仕事をしています。そういう社員に心のゆとりを持てるような環境を用意したい。RPAはそれを支える力になれると思います」と内藤氏。窪田氏は「計上処理の速さなどの仕事には自信がありますが、数字の計算やチェックのような仕事は苦手です。RPAによって、そういう仕事をしなくて済むようになるのであればありがたいですね」と語る。窪田氏の願いが現実となる日はそう遠くないだろう。